陸上選手の豊田兼選手をご存じですか。
高身長&イケメンでなおかつ好成績を出している、大注目のハードル選手です。
今回は、パリ五輪で大注目の豊田兼選手に着目してみました!
豊田兼ハードラーエピソード5選!
豊田兼選手は、素晴らしい経歴の持ち主ということが分かりました。
豊田兼選手についての様々なエピソードも紹介します。
イケメン
陸上で素晴らしい成績を出しているのはもちろんすごいのですが、豊田兼選手というとやはりイケメンということが誰もが感じるところではないでしょうか。
195㎝のイケメンということで、モテること間違いなしですが、特に言われているのが、俳優の岡田将生さんに似ているということです。
また、イケメンと思うかというアンケートでは、全員がイケメンだと思うという投票をしていました。
SNSにも、
- めっちゃイケメン、普通にめっちゃかっこいい
- 400mハードルにすんごいイケメン発見
等の声が多数投稿されています。
トリリンガル
豊田兼選手は、日本語の他に、英語、フランス語を操るトリリンガルです。
フランス語は、お父さんがフランス人だから身に着いたのは当然ですね。
イケメンでトリリンガルなんて、罪な男だわ!
ラフでさわやかなイケメンのオーラがハンパないわね!
知的な言葉遣い
ご両親の影響で、読書がとても好きな豊田兼選手です。
移動時間は読書をすると決めているようで、読書に費やす時間、読破した本の数はとても多いと思われます。
そのせいもあって、インタビューでの単語選びなどが他の選手と一味違う、頭の良さが垣間見えることがあります。
例えば、110mハードルについて語るとき、
「110は速度提言が少なく、高校から大学にかけてはこちらの種目の方が好きでした。10台のハードルが設置されていますが、後半はハードリングが詰まり気味になります。そこを刻み切る速度感が好きです。」
と答えています。
「刻み切る」っていう表現が素敵~
2種目の両立
ハードルという種目で、110mと400mという2種目をやるというのは珍しいことです。
しかし、豊田兼選手は2種目への挑戦を辞めたくないと語っています。
理由は、
1種目をやり続けると行き詰まる事が多く、他の種目がいい気分転換になるから、2種目をやることで、どちらの種目にもプラスに働く
ということだそうです。
両立は難しいと言われていることをプラスに変えてしまうのがスゴイですね。
文武両道
陸上だけをやってきたわけではない豊田兼選手。
中高一貫の有名な私立桐朋に進学をし、卒業をしています。
勉学も怠らずに進学校に進学しているのがスゴイですよね。
お父さんが教育熱心だったとのことですが、本人のやる気が伴わないと結果は出ませんよね。
なので、豊田兼選手は陸上と勉学の両立をしっかりして、どちらも結果を出しているという素晴らしい人ということが分かります。
豊田兼ハードラーの生い立ち
豊田兼選手の生い立ちを時代別に見ていきましょう。
生まれて~幼少期
豊田兼選手は、東京都出身です。
日本人のお母さんとフランス人のお父さんの間に生まれました。
ケンという名前は珍しくはありませんが、兼という漢字はあまり見ない印象です。
この兼という名前はご両親がつけていて、
国と国を兼ねる、懸け橋になってもらいたい
という意味が込められているとのことです。
国際結婚で生まれたならではの名づけですね。
東京で生まれ育った豊田兼選手ですが、お父さんの出身であるフランスのパリにもなじみがあり、幼少期のころは半年ほど滞在していたこともありました。
なので、パリにはとても親近感があるようです。
幼少期から、日本語とフランス語に触れ、また教育熱心なお父さんのお陰で、豊田兼選手は後に日本語と英語とフランス語を話すトリリンガルとなります。
小学時代
小学校は、都内の公立の学校に行っていたと思われます。
詳細は公表されていません。
豊田兼選手は、小学校の時に陸上を始めますが、きっかけを作ったのはお母さんだそうです。
幼稚園の時から走るのが速く、また人と競うことが好きだった豊田兼選手の様子をみて、陸上を勧めました。
このお母さんの勧めあってこそ、現在の豊田兼選手が誕生したということなんですね。
4年生から、陸上の大会に出場を開始しました。
成績は最初からよく、
- 2012年全国小学生陸上競技交流大会東京代表選考会では、男子小学3,4年生の部、60m走優勝、走り幅跳び優勝。
- 2013年全国小学生陸上競技交流大会東京代表選考会では、男子小学5,6年生の部100m走優勝、4×100mリレー優勝
と初めて大会に出た時から好成績を収めています。
お母さんの目に狂いはなかったということですね!
中学・高校時代
中学は、有名な進学校の桐朋中高一貫に進学します。偏差値は71です。
そして、中学では”4種競技”に取り組みました。
高校では、ハードルに焦点を当て、”110mハードル”と”400mハードル”を始めます。
高校2年生の時には、400mハードルでインターハイに出場をしましたが、結果は準決勝敗退でした。
この時の悔しさが今につながっているのかもしれませんね。
大学時代
大学は慶応義塾大学に進学します。
専門はハードルで変更はせず練習に取り組んだ結果、大学時代に飛躍的に成長します。
U20日本陸上競技選手権大会では、110mハードルで3位になりました。
大学2年生の時
日本学生陸上競技対校選手権大会では、
- 400mで3位
- 布勢スプリント2022では110mハードル3位
- 日本学生陸上競技対校選手権大会で400mハードル準優勝
大学3年生の時は、
- 日本学生陸上個人選手権大会110mハードル優勝
- 木南道孝記念陸上競技大会400mハードル3位
- 南部忠平記念陸上競技大会110mハードル優勝
- ISUワールドユニバーシティゲームズ110m優勝
- 日本学生陸上競技対校選手権大会400mハードル優勝
- アスレチックスチャレンジカップ400mハードル優勝
と大学在学中も様々な大会で好成績を出しています。
この快進撃の勢いをそのまま、パリ五輪の舞台でも発揮して欲しいですね!
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